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福岡県の山

修験の山・求菩提山 [ 782m ]

胎蔵界護摩場跡分岐〜阿弥陀窟(45分) [ この区間の地図 この区間の高低図 ]

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落ち葉の中に伸びる薄い踏み跡をたどって行く
道沿いには、目印の赤いテープも付けられ、行く手に不安はない。
落ち葉の道を左右にジグザグを切って下って行く。
道に障害はなく、足は気持ち以上に前に出る。それゆえ記録を取ることを忘れさせる。
道沿いには、松の木が多い。
途中左手へ鋭角に折れると傾斜を増し、露岩が多くなる。
さらに左手に、枯れた立木を見て左手へ折れると、左手に 青い立札 が立てられ、後方を「胎蔵界護摩場跡0・2km」行く手を「阿弥陀窟0・6km」と案内している。
鬼さんが並べたのか、岩の多い道を20mも下ると、また枯れた大木を見る。
左手に岩壁を見ると傾斜を増すが、すぐ傾斜はゆるむ。
横筋のある、巨大な岩壁はさらに続く。
岩壁の道は、程よい傾斜でルンルンと下りたいが、露岩がそうはさせてくれない。
人の手で敷かれたような岩道を行くと、右手南側に犬ケ岳・経読岳の稜線を樹間に見る。
そして、コケむした露岩を避けて行くと右手は植林地になる。
少し行くと、岩壁に洞窟を見る。
洞窟の前には 説明板 が立てられ、「大日窟(第一窟)」と題して説明されている。
窟内には大日如来坐像が祀られていたが、今は保存のため麓の求菩提山資料館に展示されている。
一息つき、直進し露岩の多い急坂を10mも下ると、水が染み出す岩壁に目が行く。
足元は、コケむした露岩が滑りやすく用心する。
すぐ左手に、記録するほどではないが、蛇のように曲がりくねったカズラにシャッターをきってしまう。
そして、大木に触れ快適な道をゆるやかに登って行く。
岩壁に沿って左手へカーブすると、左手に 青い立札 が立てられ、「胎蔵界護摩場跡0・4km」行く手を「阿弥陀窟0・4km」と案内している。
一息つき、岩壁の道をゆるやかに下って行く。
道は、巨大な岩壁に沿って蛇行して伸びる。
巨大な岩壁は、高さ20mもあろうか、首が痛くなる。
圧倒される岩壁を左手に少し行くと、左手に石積みを見る。
丸く囲まれた石積みは、炭焼釜跡か、そして、大きな傾斜を下って行く。
足元の石は、横筋のある岩壁と同種のものか、右手スギ林に目を向け岩道を下って行くと、また 青い立札 が立てられている。
青い立札には「普賢の滝」と書かれ岩壁を見るが、水の流れはなく染み出す程度で、この時期滝を思わすほどではない。
さらに、岩道は階段状に並べられた石段を10m余りで登り切ると、2台のベンチが置かれている。
左手に、また御社を見る。
御社の前には、御社を示すように2本の大きなスギが幹を立てている。
御社の右脇には 説明板 が立てられ「普賢窟(第二窟)」と題して説明され、一読するか、写真にとればいい。

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一息つき、スギの大木に触れ下って行く。
傾斜は大きいが、10mも下るとゆるんでくる。
右手は、また植林地になる。
この辺りも鬼さんが敷いてくれたのか、落ち葉に埋もれるように整然と敷かれている。
ゆるやかな傾斜に、足の疲れは次第に抜け歩幅は広くなる。
途中左手に、枝を真横に伸ばしたスギの大木を見る。
ゆるやかな傾斜を少し登り、左手へカーブするとすぐ左手に青い立札が立てられ、後方を「胎蔵界護摩場跡0・6km」、行く手を「阿弥陀窟0・2km」と案内している。
一息つき、ここからゆるやかに下って行く。
左手は依然として、巨大な岩壁は続く。
岩壁は、御神体を守る強固な自然の要塞のように高くそびえ、悪霊さえ降れ伏す魔力を感じさせる。
右手樹間には、経読岳辺りの稜線が横一線に浮かぶ。
ゆるやかに下って行くと少し傾斜を増す。
すぐ登り返し、少し行くとまた1台のベンチが用意されている。
左手に大きなスギを見ると、「多聞窟」の説明板を見る。
北方の守護神である毘沙門天を祀った陽の窟で、大日如来(胎蔵界)と普賢菩薩(金剛界)を護るため北側に配置されているという。
多聞天は、毘沙門天の別称だという。
見上げると、庇が出ているように見えるが、実はその下部が崩落し岩岳川に落下したという。
麓の茶屋は、その岩を利用したものだという。
多聞窟前の大スギの横には株が残っており、昔日、2本のスギが夫婦スギのように肩を寄せ枝を絡ませ育っていた愛おしい光景が浮かんでくる。
さらに直進し下って行く。少し下ると湿った岩壁を見る。
巨大な岩壁は、登りにとれば、さらに大きくダイナミックな光景に圧倒される。
少し行くと、また御社を見る。左手に炭焼釜跡を見て数メートル近づき説明板を黙読する。
吉祥天は、先の毘沙門天の妃であり陰の窟で、女性の体に見立て岩壁の割れ目に法華経を入れた経筒がはめ込まれていたという。
さらに、直進して平らな道を10mも行くと下りだし、右手に案内板が立てられ「ごみは捨てないで美しい自然を楽しく歩こう」と書かれている。
そして石の多い坂を下って行くと、右手に青い立札が立てられ右手へ分岐する。
立札には直進を「座主坊園地0・9km」後方を「胎蔵界護摩場跡0・8km」そして右手へ鋭角に折れ「求菩提資料館1・0km」と案内している。
直進して数メートル先には2台のベンチが用意され一息つけばいい。
すぐ先には、最後の五窟目の「阿弥陀窟」があるが、どうしたことか写真がない。情けないが仕方がない。
阿弥陀窟には、阿弥陀如来と地蔵菩薩が祀られ、今は求菩提山資料館に展示されている。
天台密教である求菩提山に、何故浄土宗や浄土真宗の本尊とされる阿弥陀如来が祀られているのか、はわからない。

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