山伏が歩いた裏コースを行く・英彦山 南コース [ 1199.6m ]
駐車場 〜 奉幣殿(30分) [ この区間の地図 ]
出羽、羽黒山(山形県)・吉野熊野大峰山と共に日本三代修験の山として知られる聖地、英彦山の南コースを、シンボリックな銅の鳥居を起点にコースを取る。
佐賀鍋島藩の寄進により建立されたとされる、茶褐色のにぶい光沢を放つ銅の鳥居をくぐって石段を登って行く。
左手には、銅の鳥居について説明板が立てられ次のように案内されている。
銅の鳥居(かねのとりい)
「銅の鳥居」は、寛永14年(1637年)佐賀藩主鍋島勝茂の寄進により立てられたもので、高さ7メートル、柱の周囲は3メートル余りもある胴の太い青銅製の鳥居です。英彦山の額は享保19年(1734年)に霊元法王の勅命を受けてかけられたもので、この頃から「英彦山」称されるようになったといわれています。
環境庁 福岡県
右手には駐車場が整備され、その奥にはスロープカー乗車口が見える。
スロープカーは、奉幣殿まで1kmに及ぶ石段に変わり近年整備されたもので、沿線にはシャクナゲ園等整備されている。
すぐ右手に、「
英点内護法神
」と書かれた案内板が立てられ、聖地を守るように祭られている。
点内護法神とは、参拝者の中に、不らちな心構えのものはいないか参道入り口でチェックし、神聖な山を守護する神と説明され、山内には七ヶ所の入り口に祭られているという。
ここはその中の一つでご神名は高木の神、仏名は妙見菩薩とされている、
参道は石畳が続き、数メートルごとに段差が付けられ、林の中に消えるまで遠く伸びている。
参道沿いには宿坊を説明した案内板が随所に立てられ、読めば学習にはなるが時間がかかってしまう。
右手に行蔵坊、左手に下宮、さらに橋本坊・楞厳坊・浄境坊・財蔵坊等立てられている。
財蔵坊は、中規模ではあるが唯一当時のまま残る坊で歴史的価値は高く、江戸後期建築されたものだという。この19年6月から地元観光ボランティアの手により、土日のみ一般公開されているが、北九州から来るボランティアもおられるという。
中に入ると
説明板
が立てられ一息つけばいい。
参道は、はるか遠くに伸び、坊跡に目を取られ時間ばかりが経ってしまう。
さらに賢秀坊・
正實坊
・中門坊・増了坊・西坊。荘厳坊と続く。
そして右手に勝淋坊跡の案内板を見ると2車線の車道に出会う。
右手はスロープカーの駅に通じる。
さらに快適な参道を行く。
そして左手に曼珠院・了乗坊・大本坊・松養坊を見て石段を登ると茶店に出会う。
ここは十字路になっており、右手は英彦山スロープカーの花駅へ通じ、英彦山花園と案内されている。
左手は町営の別所駐車場へ通じる。
左手には道標が立てられ、銅の鳥居まで0・4kmと案内している。
さて、一息ついてさらに石段を登り、鳥居をくぐって行く。
すぐ左手に中島神社を見ると、小さな十字路になり左手を見ると
立派な
宝篋塔
を見る。
この宝篋塔は、熊本県玉名郡岱明町出身の僧、潮律師が建立した説明され、晩年、潮律師は尾張藩主徳川斉朝に重用され、87歳で名古屋城下において入寂されたという。
十字路を横切ると、右手に「英彦山神宮」と書かれた真新しい石碑を見る。
すぐ石段を登って行くと、智楽院・英彦山会所の案内板が立てられ、その奥に8月半ばというのにアジサイが花を咲かせている。
英彦山会所は、参拝してきた諸藩の役人や知名の人を接待したり宿泊させた場所だという。
そばには会所跡らしい空地も見られる。
さらに智足院、泉蔵坊の案内板を見る。
石段はさらに続き、一歩一歩膝を持ち上げるように登って行く。
十字路から7〜80mも登ると、石段中央部に手すりが付けられている。
さらに、手すりに助けられ段数を重ねて行くと、左手に鳥居を見る。
さらに10数段登るとまた十字路になる。
前方左手には、広瀬淡窓の石碑が立てられている。
絶筆の碑文は読めないが、説明板には次のように書かれている。
広瀬淡窓詩碑 彦山詩文
「彦山高き処 望み籠靄木末の楼台晴れて始めて分かる 日暮天壇人去り尽くし 香煙は散じて数峰の雲と作る」
淡窓29才作
この詩は文化7年9月(1810年)広瀬淡窓先生が病気平癒祈願の為、この彦山に登り作られた名詩
淡窓先生は幕末、天領日田が生んだ大詩人大教育家で安政3年(1856年)75才
広瀬淡窓は、大分県日田市に生まれ、私塾咸宜園を開き入門者は4000人を越えたという。
淡窓は晩年万膳簿という記録を続け、自分の1日の行いを良いこと・悪いことをそれぞれ記録し、良いことから悪いこと差し引いて得られる数が1万になるよう勤め、そして12年7ヶ月を費やしなし遂げたという
ちなみに、怒ること・食べすぎ・妄想すること、さらに蚊を殺すことも悪い行いに数えたという。
十字路右手には、スロープカー神駅へ通じ、公衆便所:30Mとも案内されている。
一息ついて、さらに石段を登って行く。
30段ほど数えるころ、右手に夫婦杉を見る。